今回はBEAT Special Seminarとして、「BEAT 2008年度成果報告」および、日本教育工学会25周年を記念して「教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来」と題し、特別セッションを行いました。
1980年代から現在まで、電子機器の普及と情報技術の発展の波は、私たちの生活や学習環境を大きく変えてきました。紙やテレビ、コンピュータ、モバイル、ゲーム機、それらをつなぐネットワーク技術により、学習環境は教室から自宅や通勤・通学時という学校外の環境まで広がり、今や私たちはいつでもどこでも好きなだけ学習することができます。
しかし、情報技術が発展するスピードに合わせて学習環境がそのまま進歩したかというとそうではありません。情報技術・機器を教育にどのように応用するか、教育関係の研究者や現場教員が成功と失敗を繰り返し、今の進歩があります。
このような学習環境の進歩に貢献してきた学会の1つであります日本教育工学会が創立されて、今年で25年になります。そこで、基調講演では日本教育工学会会長の赤堀侃司先生をお招きし、25年の教育メディアの変遷についてお話いただきました。またパネルディスカッションでは、株式会社ベネッセコーポレーションの新井健一氏、早稲田大学の向後千春先生を迎え、大学教育の立場と企業の立場から教育メディアの変遷とこれからについて議論しました。
1.BEAT2008年度成果報告
1.1.「つまずきサポート」プロジェクト
松河秀哉(BEAT 特任助教/大阪大学 大学教育実践センター 助教)
北村智(BEAT 特任助教)
1.1.1.つまずきとその対策
学習が進むと、急にその内容についていけなくなることがある。それは、それまでの学習に含まれる基本的な内容を理解していないことが原因だといえる。その場合、その基本的な内容を含む別の問題も理解できていないことが多い。
このようなつまずきを解消するには、過去から現在まで理解できていない内容(=「つまずきのモト」)を見つける必要がある。
1.1.2.過去の「つまずきのモト」をどのようにして見つけるか
具体的に「つまずきのモト」を見つける方法にはいくつか考えられる。そのひとつは、「過去の解答から判断してつまずきの場所を探す方法」である。しかし、過去の解答データがない場合がある。そのような場合に「つまずきのモト」を判断するために、以下の手順が考えられる。
- 現在の状態から、過去の解答を推定
- 推定結果から誤答の可能性が高い問題を解答させる
- その結果「つまずきのモト」を判断
1.1.3.過去の解答の推定方法
過去の解答の推定方法には、「協調フィルタリング」を用いる。「協調フィルタリング」とは、Amazon.comなどの推薦システムでも使われているもので、これを応用すると「~という問題について間違っている人は、過去に~という問題についても間違っています」という誤答の可能性を示すことができる。
「協調フィルタリング」のうち、今回は、Net Newsの記事や映画の推薦システムのために開発された「Group Lens」を用いた。自分と好みが似ている人が好きなモノは、自分もそれを好きになる可能性が高い。「Group Lens」を使って、好みが似ている人を同定することで、その人が好むものを推薦することが可能になるという仕組みである。
1.1.4.「Group Lens」のアルゴリズム
「Group Lens」では、AさんとBさんの両者の似ている度合い(相関係数)に応じて重み付けを行って値を出している。
これを用いると、「映画1」「映画2」「映画3」があった場合、AさんとBさんが共に「映画1」と「映画2」に同じ評価をしていれば、Aさんが「映画3 」に対してまだ好みの評価をしていなかったとしても、Aさんの「映画3」への評価は、Bさんが「映画3」に対して行った評価と同じ値になる計算式になっている。
1.1.5.実験の概要
「Group Lens」を用いることで、現在の正誤情報と過去の正誤情報が揃った学習者がたくさんいれば、現在の正誤情報だけしかわからない学習者に関して、その類似度を求めることで、過去の正誤情報を推定できるようになると考えられる。
そのための検証実験として、中学生と高校生の模擬試験を両方受験している4444人のデータのうち、444人の一人一人の高校時点の正誤パターンと残りの4000人の正誤パターンの相関係数を使って、中学時点での正誤パターンを予測し、実測値との比較を行った。
1.1.6.実験に使用したデータ
ベネッセコーポレーションが実施した学力学習到達度診断テストの結果を対象に、この試験を受けた高校1年生(2007年度)で、かつ中学3年生の時点でも同じテストを受けていた4444名のデータを用いた。2つのテストはIDで連結しており、個々人の高校1年生時の誤答と中学校3年生時の誤答がわかっている。ここでは数学のテスト[高校1年生時の39問、中学校3年生時の50問]を使用した。
1.1.7.実験の方法
「4444名」を「4000名」と「444名」に無作為に分割し、「4000名」を高校時と中学時の両方の解答のパターンが揃っている学習用のデータに用い、「444名」を中学時のデータはわからないという前提で推定用のデータに用いた。
具体的には、高校1年生時の解答パターンに関して「4000名」と「444名」との間で類似度を計算し、「4000名」の中学3年生時の解答パターンとその類似度を組み合わせることによって、「444名」の中学校3年生時の解答パターンを推定した。
1.1.8.実験の結果
推定された「444名」の中学校3年生時の解答パターンについて、実際のデータと突き合わせ、偶然の結果にならないように5回計算処理を行った。その結果、実際に誤答確率が高いものを選別することができていた。また、皆が同じデータになっていない、つまり個々の学習者に応じた選別が行われているという結果も示された。
以上より、協調フィルタリングを用いることで、実際に誤答率の高い問題項目を選別することができそうで、個々の学習者に応じた問題項目を選別することもできそうだということがわかった。
1.1.9.今後の課題
今後の課題として、以下の3点があげられる。
- 推定結果からどのように学習支援につなげていくか
- 前年度まで検討していたモデルベースの考え方との組み合わせ方を考える
(2008年度第1回公開研究会レポート「3.2.『成績』を手がかりにする推薦システムの利用案」を参照 http://www.beatiii.jp/seminar/034.html) - より精度の高い推定を行うことができるアルゴリズムを検討する
1.2.「Conomi+」プロジェクト
山田政寛(BEAT 特任助教)
北村智(BEAT 特任助教)
1.2.1.背景
大学生の英語学習時間が少ないという現状があり、大学の現場からも英語学習時間の確保が望まれている。そこで、eラーニングやモバイル教材の利用が考えられるが、一斉授業の場合などでは教材を統一しなければならず、導入が難しいという状況がある。また、個別学習・自己調整学習において実際に学習機会が増えるものの、限定的になったり、人によって効果が異なるという問題がある。
これらの現状を踏まえ、本研究では、学校外でできる気軽な学びが学校での学びへ接続するシステムを目指し、英語ニュースを使った「気軽な」語彙学習システム「Conomi+」を開発した。
1.2.2.システムの概要
本システムでは、以下の3つの原理を用いている。| (1)適正処遇交互作用 | 学習者の興味関心にあった教材を提供する。 |
| (2)自己調整学習 | 社会的かつ認知的に学習を支援するシステムを加える。 |
| (3)背景知識の活性化と関連性 | 社会的な背景を踏まえた内容を用いることで、もっと知ろうという気持ちを高める。 |
1.2.3.開発のための仮説
「Conomi+」開発のための仮説として、以下の3つがあげられる。- 興味・関心が高い英語ニュースを読むと、英語学習の動機があがる。
- 興味・関心が高い英語ニュースを読むと、英語の単語がなんとなく覚えられる。
- 興味・関心が高い英語ニュースを使用した英語学習ができると、継続的に学習できる。
1.2.4.メイン機能
「Conomi+」のメイン機能は以下のようにまとめられる。- コメント機能(自己調整学習)
- 線引き機能(自己調整学習)
- 単語意味表示機能(自己調整学習、適正処遇交互作用)
- ニュース推薦機能(適正処遇交互作用、背景知識の活性化と関連性)
1.2.5.システム構成と仕様
「Conomi+」は、典型的なサーバ・クライアント型システムである。まず、学習者にログインをしてもらい、各学習者のJACET8000レベル(大学英語教育学会の作成した英単語の語彙レベル)を踏まえて、ニューステキストを流すようにしている。
クライアント側には、コメント機能、単語の意味表示機能がある。コメントは、英語でも日本語でも可能である。また、文章ごとに選択し、コメント・評価することが可能で、学習者ごとに評価のリストを見ることもできる。
単語の意味表示機能は、自分のJACET8000レベル+1以上の単語の意味だけ表示するようにしている。単語の辞書については、Eゲイト辞典(ベネッセコーポレーション)のデータを組み込んでいる。表示はEゲイト辞典の第一義だけを載せており、クリックすることで発音や他の意味も見ることができる。単語については、チェックをすることでリストを作ることもできる。
サーバ側では、随時ニュースを収集し、協調フィルタリングを通して学習者の好みに合わせられるようにしている。ニュースのソースについては、日本経済新聞社様と、共同通信社様にご協力をいただいている。
1.2.6.試用運用と評価データ
ベネッセコーポレーション内定者(大学生・大学院生)132名を対象に、「Conomi+」を1ヶ月間(2009年1月15日~2月15日)利用していただき、利用データの分析を行った。132名のうち、実際に1度でも使ってくれたのは103名であった。(ニュースの評価データを増やすために、ゼミサポ会員(大学生)91名に試用を依頼したが、この91名に関してはデータ分析対象とはしていない。)
形成的評価のために、利用者の英語能力とシステム利用に関するデータを取得した。英語能力評価については、GTEC(英語コミュニケーション能力を測定するオンラインテスト)のリーディング・ライティングテストを、運用1ヶ月前・事前・事後の3回実施した。加えて、JACET8000の単語テスト(JACET8000の、1~8段階まで難しさが分かれている単語を、ランダムに各レベル10個ずつ提示)を、運用の事前・事後の2回実施した。また、システム利用に関する質問紙調査を事前・事後の2回実施した。さらに、サーバにたまった利用者のログも分析データとした。
1.2.7.利用分析の結果
今回はデータの一部を用いて、簡単な結果について報告する。詳細な分析は今後行う予定である。評価の対象と結果は以下の4つにまとめられる。
- 英語能力の変化
リーディングテストの結果に関しては、有意差がみられなかった。一方で、ライティングテストの結果に関しては、有意差がみられた。ライティングテストは「伝えたいこと(Goal Achievement)」「文法」「語彙」の3つの観点から構成されていた。分析の結果、「伝えたいこと」に関しては1ヶ月前と事後で、「文法」に関しては1ヶ月前と事後および、事前と事後において、「語彙」に関しても、事前・事後において、事後の方が統計的に有意に高いことが確認された。 - 英語学習に関する認知的データ
「英語学習スキル認知」(これが低いほど学習方法がわかっていない)と「英語学習コスト認知」(これが高いほど学習方法に対する精神的負担が大きい)の2つに関して、質問紙において事前・事後で測定した。その結果、「英語学習スキル認知」は有意に高くなったが、「英語学習コスト認知」はほとんど変わりがなかった。 - 利用状況
一度でも開いたニュースの数は平均20.63記事、最小1記事、最大154記事であった。評価をつけたニュースの数は、平均11.20記事、最小0記事、最大99記事であった。開いたニュースに対し、評価をつけたニュースの割合は、平均45.17%であった。 - 「Conomi+」の使用感
推薦されたニュースの当てはまり度合いについて、5段階で評価(1が低く、5が高い)をしてもらった結果、「4」がほぼ半数であった。推薦されたニュースに興味を持った人は半数近くいたが、同時に3割近くの人が興味をもてないという結果がみられた。この点は改善点として取り組んでいきたい。
1.2.8.試用運用結果のまとめ
試用運用の結果、「Conomi+」の利用によって、学習者のライティング能力が向上した。そのうち文法に関して特に向上した結果が示された。また、語彙レベルの向上にも効果があった。英語学習に関する自己認識も改善されたことが伺える。
しかし、ニュースを読んでも評価しないケースが半分以上だったのが課題として残った。ログデータからは、推薦の精度はそれほど悪くなかったことが示唆されたが、質問紙を分析すると、推薦されても見出しで判断して読まなかったケースも少なくないだろうと思われる。
1.2.9.今後の課題
今後は、より詳細なデータの分析、推薦精度の向上、インタフェースの洗練など、システムの運用の改善を行う。また、今回はほとんど考慮しなかったが、導入時点のインストラクションの改善も行う予定である。ただし、インフォーマルな学習として無理のない範囲での支援方法を検討していく。
BEAT Seminar Report
2010年度開催
-
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
2009年6月6日
2008年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
2009年3月28日 - 第3回:アートワークショップで子どもの可能性をひらく
2008年12月6日 - 第2回:プロジェクト学習が大学を変える
2008年9月6日 - 第1回:あなたに「ぴったり」な学びをかなえる技術
ー教育における協調フィルタリングの可能性を考えるー
2008年6月7日
2007年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
未来の教育のために学校と家庭ができること
ーフィンランドと日本の対話ー
2008年3月29日 - 第3回:子どもの放課後学習環境
2007年12月1日 - 第2回:BEAT 特別セミナー
オープンエデュケーションが切り開く未来
—Education 2.0:OCWの次にくるもの—
2007年8月25日 - 第1回:知育玩具
ー創造的制作活動をアフォードする人工物
2007年6月2日
2006年度開催
- 第9回:BEAT 特別セミナー
モバイル・ユビキタス技術と学習環境
:BEAT3年間の研究を総括する
2007年3月27日 - 第8回:子どもとネットコミュニティ
2007年1月13日 - 第7回:健康とICT
〜Web2.0で健康に?!〜
2006年12月9日 - 第6回:BEAT 特別セミナー
学習科学とICTは学びのあり方を変えるか
ー高等教育の変革を事例としてー
2006年11月11日 - 第5回:イマドキ・キッズの遊び場、学び場
どのようなチルドレンズミュージアムを創るか?
2006年10月7日 - 第4回:学校の枠を超えた交流学習:
伝え合うことで"異文化"を学ぶ子どもたち
2006年9月2日 - 第3回:ゲーム・ルネッサンス:
いつか来た道、これからの道
2006年8月5日 - 第2回:Web2.0で創る
『みんながちょっとずつ頭がよくなる世界
2006年6月24日 - 第1回:『かわいい子にはケータイを持たせよ?!』
キャリア各社の子ども向けケータイサービスへの取り組み
2006年5月20日
2005年度開催
- 第12回:BEAT 特別セミナー
2005年度 研究成果報告会
2006年3月25日 - 第11回:新しい評価技術とデジタル教材での活用
2006年2月11日 - 第10回:使える英語を身につけたい!:
語学学習を支援するデジタル教材のこれから
2006年1月7日開催 - 第9回:Aクラス人材を育成せよ:
企業eラーニングの現在
2005年12月3日開催 - 第8回:CAI/WBT
2005年11月12日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
ヨーロッパ・モバイル放送の現状と教育利用の展望
2005年10月 1日開催 - 第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来
2005年 9月 3日開催 - 第5回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
シミュレーション
2005年 8月 6日開催 - 第4回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習
2005年 7月 9日開催 - 第3回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
インタラクティブ学習環境「Logo」
2005年 6月 11日開催 - 第2回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
「人と森林」「マルチメディア人体」
2005年 5月 7日開催 - 第1回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
ミミ号の航海と合衆国マルチメディア教材の系譜
2005年 4月 2日開催
2004年度開催
- 第8回:BEAT 特別セミナー
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた 新しい学習テクノロジー
世界最先端の現場から
2005年 3月 5日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
プロジェクト成果報告会
2005年 2月 5日開催 - 第6回:DoCoMoモバイル社会研究所 共同企画
ケータイ・ネット・テレビ
〜メディアとこどもの今とこれから〜
2005年 1月 8日開催 - 第5回:モバイルする!? 科学教育
2004年12月11日開催 - 第4回:モバイルコンテンツとインストラクショナルデザイン
2004年11月 7日開催 - 第3回:ヨーロッパ・m-learningの現在
2004年10月 9日開催 - 第2回:"ケータイ"と教育の未来
2004年 9月 4日開催 - 第1回:地上デジタル放送の教育展開
2004年 7月 3日開催
