NESTA Futurelabは、イギリス政府が資金を投資し、モバイルデバイスなどを利用した新しい学習環境の構築を行うために作られた組織です。NESTA Futurelabには、世界トップクラスの科学教材制作力を持つと言われるBBCのノウハウやコンテンツが生かされています。今回は、研究員のベン・ウィリアムソンさんをお迎えし、代表的なプロジェクトの報告をしていただきました。
1. Futurelabとは
NESTA Futurelabはイギリスの教育省が出資し、デジタルの教育資源を使い、未来の教育のプロトタイプを研究するために作った組織である。教育省の他に、マイクロソフトやBBCも出資している。
研究は必ずFuturelab単独ではなく、個人や組織と組んで行われる。個人では、教員、教育学の研究者、他の分野で具体的なノウハウを持っている研究者がパートナーとしてあげられる。また組織としては、クリエイティブな能力、特殊な技術を持った産業界のさまざまな組織があげられる。そして何より大切なパートナーはその教育を受ける側である、若者や子どもたちである。
また、プロトタイプの研究の他に、教育または教育に関する新技術についての最新の研究内容・評論情報を出版すること、そして、毎年国内で国際会議を開くことも、主な仕事である。
2. 研究対象
私たちが現在関心を持っている研究内容は、以下の4つである。
クリエイティビティ
イマジネーション、オリジナリティ、目的意識を持って価値判断をする、といった能力を指す。オリジナリティといっても、全く新しい物を発明・発見するというわけではなく、様々なアイデアをこれまでと違った側面から捉え、自分の目的に合わせた組み合わせの方法を考えるということである。あくまで自分にとってのオリジナリティを指す。
コラボレーション
クリエイティビティを外側に向け、様々な意見を交換・評価し、自分と他者の知識を共有することを指す。コラボレーションによって、全てのメンバーが、個別の時とは違ったかたちで、物事の理解を深めることができる。
ヴィジュアル・リテラシー
ヴィジュアル・リテラシーは、様々な映像について、子どもたちが内省・考察し、批判的に受け止めることができる能力である。こうした訓練を積むことによって、周囲の映像を受けるだけではなく、能動的に創りだす能力を身につけることを期待している。つまり、メディアについて、批判的な精神を持って理解し、なおかつそれらを使って、コミュニケートできる能力である。
テレビゲーム
一般にテレビゲームには、内容は決して簡単ではないが、子どもたちが夢中に取り組むという特徴がある。このような特徴を学校教育に取り込みたいと考えている。自分の能力で難しいことにチャレンジすることに、子どもたちが楽しみを見出せるようなテレビゲームタイプの教材を作ろうとしている。既にオンラインのゲームでは、そこに上級者から初心者までが存在しており、彼らが互いにサポートし合える空間が提供されている。子どもたちはこのゲームの中でキャラクターを演じることにより、個々にストーリーを作り上げる。ここで興味深いのは、子どもたちは単に操作を行うプレーヤーとしてではなく、プロデューサーとして全体のストーリーを作る側にまわっている点である。
3. プロジェクト事例紹介
先にあげた4つのテーマをもとに展開しているプロジェクトを紹介する。
Moovl
Moovlは、スクリーンに絵を描くとそれに対して、重みや反発力、空気抵抗、固さといった物理特性にもとづいた、アニメーションを作成することができるペイント(お絵描き)アプリケーションである。対象年齢は5才から10才である。
このツールで、子どもたちに日々経験している物事を描かせることにより、重みや反発力といった物理特性の意味を考えさせることができる。子どもたちが描いた物は、ネットワークで共有することができる。これによって子どもたちはコラボレーションを行うことができる。
40人の子どもにテストした結果、子どもたちはある動的な現象をよりよく理解することができた。そして物理特性の変数を変えることによって、物がどのような性質を持っているかの理解を促すことができた。そして何より重要なのは、紙などのメディアに描いた場合、たいていの場合は描いたままにされてしまうが、Moovlの場合は、描いた後も子どもたちは再び遊んだり、内容を再構成したり、友達に見せたりするといった行動をし、理解をより深いものとしていることである。
Virtual Puppeteers
スクリーン上で、仮想の粘土を使いカラフルな人形を作成し、動かしてアニメーション(人形劇)を作ることができるアプリケーションである。作った仮想の人形が動くステージはオンラインで共有されており、ネットワーク上で人形劇をすることができる。この人形劇は記録をすることができ、後で見直したり、再編集することができる。対象年齢は7才から12才である。
子どもたちはもともと頭の中にすばらしいストーリーを持っているが、文章に書いたり絵を描いたりすることができずに、それがフラストレーションとなっていることが多い。ヴィジュアルを子ども自身が簡単に作れるような仕掛けを提供することで、子どもたちが自ら欲しているキャラクターはどのようなものかを深く考え、よりしっかりしたものを描き、それに感情移入するようになった。また、常に誰かとコラボレーションをすることで、ストーリーを共有し共創するので、再検討する機会が設けられ、よりよい人形劇を作ることができるようになった。
Savannah
Savannah は、GPSを搭載したPDAを用いて、ヴァーチャルにアフリカの環境におかれている経験をすることができる体験型シミュレーションゲームシステムである。子どもたちは、ライオンの群れの一員になったという想定で、音や風景、または自分の縄張りの範囲といった情報が提示される。そこで、自分の縄張りを守るために戦ったり、においをかいで獲物を捕らえたり、子育てをしなくてはならない。これは、10才から13才を対象としている。
この体験をすることにより、様々なことにトライアルすることになる。体験終了後、「巣」に戻る。巣では、ホワイトボードや書籍、WEBを用いて、群での行動を通して、行動自体がうまくいっていたか、または互いに協力できたかなどを反省し、今後の計画を練ることができる。子どもたちは、Savannahにテレビゲームと同様に夢中になって取り組み、ライオンの群れの性質に対してより深い理解をすることができた。子どもたちは、テレビから同じ情報を得るときよりも、記憶に鮮明に残っているとコメントしている。3時間ほどで、子どもたちが戦略を練るのがうまくなっていくのを、はっきりと見ることができた。同時に、以前の経験にもとづき、今後の計画を立てることもできるようになっていた。
Racing Academy
このレーシングゲームは、大変リアルなエンジンのシミュレーターを内包している。対年齢は14才から18才である。学生たちは、エンジンの特性、タイアの種類、ギア比を変更しながら、レーシングカーを速く走らせなければならない。レース後、自己分析をし、速く走らせるためにはどうしたらいいかを検討する。このプロセスを繰り返すことにより、学生たちは、工学的な原則を身につけながら、それを活用することができるようになっていった。
このゲームを通じて学生たちは、現場のエンジニアが開発の現場において行っているような試行錯誤をした。レベルが上がるごとに分析すべき内容が、ギア比の調整など複雑なものになっていく。そのようなレベルになると、学生たちは、真剣に自動車の仕組みについて考えるようになり、オンラインでのチャットを通じて、情報交換をし、パラメーターの値の意味などの情報交換をしはじめた。
4. まとめ
ヴィジュアル・リテラシーに着目した学習について
MoovlやVirtual Puppeteersは、文字やことばだけではなく、日常の様々なリソースを使って考えるツールである。これまでは、アイデアを文章で書いたり話したりしていたが、これらのツールによってそれらをより直感的なかたちで記録できるようになった。つまり、絵や映像などの視覚的な言語で、自分たちの経験を描き出すことを可能にしている。
そこでは、いったん描いた物を消したり変更したりできるので、プロセス自体がとてもクリエイティブであって、オリジナリティを持った物を制作することができる。自分のアイデアをいじって遊ぶことができ、最初に思いついた物を描いただけでそれで終わりというわけではなく、不満な点があればすぐに改善することができる。このような特徴が既存の学習方法とは違っている点である。
テレビゲームに着目した学習について
ライオンやエンジニアのつもりで、その人であればそのことをしただろう、ということを考える経験が重要なポイントである。また、ゲームを通して身につけた知識は、他の方法で身につけた知識のように後で役に立つかもしれない、といったものではなく、その場ですぐに活用しなければならないように設計されている。これはコラボレーションを行っているからこその特徴である。このような学習は、社会的な学習であると私たちは考えている。
今回ご紹介いただいた様々な学習ツールには、子どもが夢中になり、知識を得て、共有し、すぐに活用するといったことをさせるための様々な工夫が盛り込まれていました。先生から生徒に一方的に知識を伝達するこれまでの教育とは異なり、子ども達同士が共同で様々なことを発見していくというスタイルは、伝統的な教育を受けてきた私たちにとって大変うらやましい環境であると感じました。
- モバイルする学習環境 Moovl と Savannah
ベン=ウィリアムソン氏 NESTA Futurelab 研究員 - 物理の基礎を協調学習で教える MIT TEAL プロジェクトの挑戦
センベン=リャオ博士 マサチューセッツ工科大学 教育情報センター
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた新しい学習テクノロジー世界最先端の現場から
14:00〜17: 00
弥生講堂 一条ホール
モバイルする学習環境
moovlとsavannah
ベン=ウィリアムソン氏 NESTA Futurelab 研究員
NESTA Futurelabは、イギリス政府が資金を投資し、モバイルデバイスなどを利用した新しい学習環境の構築を行うために作られた組織です。
NESTA Futurelabには、世界トップクラスの科学教材制作力を持つと言われるBBCのノウハウやコンテンツが生かされています。
今回は、研究員のベン・ウィリアムソンさんをお迎えし、以下のプロジェクトを中心にご報告いただきます。
- 「moovl」
タブレットPCを用いた自然学習の実践事例。
「moovl」は、お絵かきソフトとシミュレーションの機能が合体したイメージ。
物理法則をシミュレートできることが最大の特徴である。
子どもは描いた絵に「重さ」、「密度」などのパラメーターを付与することができる。 - 「savannah」
PDAを使った実践事例。「savannah」は、子どもたちがPDAを持ち、ヘッドフォンをつけ屋外(=アフリカのサバンナをシミュレート)を歩き回り、ライオンなどの動物にになりきりながら、適切な戦略を使って生存競争を繰り広げるというもの。
物理の基礎を協調学習で教える
MIT TEAL プロジェクトの挑戦
センベン=リャオ博士 マサチューセッツ工科大学 教育情報センター
大学に入学したばかりの大学1年生が受講する初等物理の必修授業。
かつてMITでは、数百名を対象にした一斉講義で、この授業を行っていました。
しかし、数年前、この大教室講義を見直す動きがはじまりました。
初等物理のクラスルームにテクノロジーを導入し、また教授法も協調学習を中心にすえたものに大幅に見直すことが試みられたのです。
彼らは新しい物理教室をStudio Physicsとよんでいます。
そして、このStudio Physicsを実践、運営、研究するのがTEAL(Technology Enabled Active Learning)プロジェクトです。
センベン=リャオ博士は、このプロジェクトの運営・研究を担当するひとりです。
本講演では、TEALプロジェクトの全体像、導入されたテクノロジーの紹介、Studio Physicsの学習の実際、その学習効果などについて解説して頂きます。
姿をあらわしはじめたラーニングテクノロジー。
新しい科学教育、大学教育、学習研究のカタチに興味がある方におすすめしたい講演です。
BEAT Seminar Report
2010年度開催
-
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
2009年6月6日
2008年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
2009年3月28日 - 第3回:アートワークショップで子どもの可能性をひらく
2008年12月6日 - 第2回:プロジェクト学習が大学を変える
2008年9月6日 - 第1回:あなたに「ぴったり」な学びをかなえる技術
ー教育における協調フィルタリングの可能性を考えるー
2008年6月7日
2007年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
未来の教育のために学校と家庭ができること
ーフィンランドと日本の対話ー
2008年3月29日 - 第3回:子どもの放課後学習環境
2007年12月1日 - 第2回:BEAT 特別セミナー
オープンエデュケーションが切り開く未来
—Education 2.0:OCWの次にくるもの—
2007年8月25日 - 第1回:知育玩具
ー創造的制作活動をアフォードする人工物
2007年6月2日
2006年度開催
- 第9回:BEAT 特別セミナー
モバイル・ユビキタス技術と学習環境
:BEAT3年間の研究を総括する
2007年3月27日 - 第8回:子どもとネットコミュニティ
2007年1月13日 - 第7回:健康とICT
〜Web2.0で健康に?!〜
2006年12月9日 - 第6回:BEAT 特別セミナー
学習科学とICTは学びのあり方を変えるか
ー高等教育の変革を事例としてー
2006年11月11日 - 第5回:イマドキ・キッズの遊び場、学び場
どのようなチルドレンズミュージアムを創るか?
2006年10月7日 - 第4回:学校の枠を超えた交流学習:
伝え合うことで"異文化"を学ぶ子どもたち
2006年9月2日 - 第3回:ゲーム・ルネッサンス:
いつか来た道、これからの道
2006年8月5日 - 第2回:Web2.0で創る
『みんながちょっとずつ頭がよくなる世界
2006年6月24日 - 第1回:『かわいい子にはケータイを持たせよ?!』
キャリア各社の子ども向けケータイサービスへの取り組み
2006年5月20日
2005年度開催
- 第12回:BEAT 特別セミナー
2005年度 研究成果報告会
2006年3月25日 - 第11回:新しい評価技術とデジタル教材での活用
2006年2月11日 - 第10回:使える英語を身につけたい!:
語学学習を支援するデジタル教材のこれから
2006年1月7日開催 - 第9回:Aクラス人材を育成せよ:
企業eラーニングの現在
2005年12月3日開催 - 第8回:CAI/WBT
2005年11月12日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
ヨーロッパ・モバイル放送の現状と教育利用の展望
2005年10月 1日開催 - 第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来
2005年 9月 3日開催 - 第5回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
シミュレーション
2005年 8月 6日開催 - 第4回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習
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「人と森林」「マルチメディア人体」
2005年 5月 7日開催 - 第1回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
ミミ号の航海と合衆国マルチメディア教材の系譜
2005年 4月 2日開催
2004年度開催
- 第8回:BEAT 特別セミナー
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた 新しい学習テクノロジー
世界最先端の現場から
2005年 3月 5日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
プロジェクト成果報告会
2005年 2月 5日開催 - 第6回:DoCoMoモバイル社会研究所 共同企画
ケータイ・ネット・テレビ
〜メディアとこどもの今とこれから〜
2005年 1月 8日開催 - 第5回:モバイルする!? 科学教育
2004年12月11日開催 - 第4回:モバイルコンテンツとインストラクショナルデザイン
2004年11月 7日開催 - 第3回:ヨーロッパ・m-learningの現在
2004年10月 9日開催 - 第2回:"ケータイ"と教育の未来
2004年 9月 4日開催 - 第1回:地上デジタル放送の教育展開
2004年 7月 3日開催


