2.開化する教育・進化する教育・深化する教育
飯吉 透氏(BEAT客員教授/カーネギー財団 知識メディア研究所所長)
発表資料はこちら(20070825_TIiyoshi.pdf、14.3MB)
2.1. はじめに
私からは、教育を開化させるだけでなく、教育をどう「進化・深化」させていくのかについてお話しする。特に、教育に対する理解を深めるためにはどうすればよいのかを考えてみたい。
私が所属するカーネギー財団は、100余年の歴史を持つ、アメリカでも数の少ない教育研究財団の一つである。初等・中等教育から高等教育、専門家教育に至るまで幅広い調査研究プロジェクトに従事し、プログラムを通じた助成活動や他の助成財団との共同研究などの形でパートナーシップを結んでいる。
私が管轄する「知識メディア研究所」は、様々なレベルにおいてテクノロジーによって教育を質的に改善するためにどうすればよいのかを研究したり、実際に支援活動を行なう。また、啓蒙普及活動を通して、「テクノロジーの利用によって教育がどのように改善され、どういったメリットがあるのか」に関するビジョンなどを示していくことも役目である。
いま、1990年代以前からの「Eの時代」から2000年代に入って「Oの時代」という変化が訪れている。様々なものを電子化・オンラインで扱おうした「Eの時代」から、いろんなものが電子化されたのだから、このうえに積み重ねてどんどんオープンにしていこうという「Oの時代」への動きが起こり始めたのである。教育の分野ではMITがOCW(Open Course Ware)によってリーダー的な役割を果たしてきたといえる。
2.2.オープンエデュケーションの3構成要素
オープンエデュケーションを語るにあたって、次の3つの構成要素を枠組みとしたい。「オープンテクノロジー」「オープンコンテンツ」「オープンナレッジ」である。
2.1.1.「オープンテクノロジー」
オープンテクノロジーに関する様々なプロジェクトが、世界中で進んでいる。
OKIといった技術的なスタンダード作りの取組みの上に立って、SakaiやMoodleといったオープンソースのソフトウェアなどが開発されている。また先生や学生のポートフォリオの電子化も注目を集めている。
オープンテクノロジーを導入する技術的メリットは、「オープンスタンダード」に準拠してつくられることによって、ツールやリポジトリー(repository)を自由に組み合わせて、いろいろ使えるという点にある。パソコンの世界でもそうであるように、同じプラットフォーム(たとえばPDF形式というスタンダード)に合わせてつくれば、いろいろ使えるのと同じである。
さらに、こうしたテクノロジーを開発するスタイルには、「オープンソース」型と「コミュニティ・ソース」型がある。
「オープンソース」型は、世界中にいるツールをつくる人たちが個人個人で参加し、みんなで力を合わせてつくる、ボランティア形式のものである。「コミュニティ・ソース」型は、たとえば100もの大学が集まって、それぞれ人的リソースを出し合いながら、中心となる統轄機関を用意してみんなでつくっていくというもの(例えばSakaiプロジェクトが良い例)である。
出来上がったソフト自体はオープンソースなので、それぞれ利用する大学がニーズに合わせて改変や微調整をして使用することができる。開発やサポートにはそれなりのお金がかかることになるが、 ツール自体は無料であるので、オフィスソフトの購入だけで5万円もかかるようなことはない。
教育現場がオープンテクノロジーを開発し導入する最大のメリットは、開発したり利用したりする先生や研究者、学生が、皆同じコミュニティに属しているということで、「本当に教育に役立つものが何かを考えながら開発・利用改善する」ことができ、緊密に協力し合えるという点である。
2.2.2.「オープンコンテンツ」
2.2.2.1.21世紀のモデルへ
クイズ:「教育的コンテンツを無料で広範に頒布するという観点から、世界で最も普及しているオープン・コンテンツのモデルは何か?」
この答えは「公立図書館」である。公立図書館を利用したことがない人を探すことの方が難しいくらいにこのモデルは普及している。公立図書館を利用するには、そこに行くことができればよいのであり、インターネットも必要なければ、クリエイティブ・コモンズのようなものも必要ない。
しかし、このような19、20世紀のモデルをこえて、私たちが生きる21世紀ふさわしいモデルを考える必要があるだろう。テクノロジーやコンテンツはもとより、教育の知識や経験を共有することによって真に教育の質的改善をしていくためには何が必要なのか、オープンエデュケーションのもつ価値命題を明らかにしていきたいと考える。
私たちは現在、『OPENING UP EDUCATION』という出版物を編纂する中で、今後のオープンエデュケーションに何ができ、何に取り組むべきかを考えようとしている。
オープンエデュケーションに関するプロジェクトではさまざまな取組みがされており、いろいろ進んできてはいるが、どれも理想からは程遠いというのが率直な現状でもある。そこでアメリカ内外の主要プロジェクトリーダーを招き、プロジェクトを通して学んだ経験を共有することを通して、それぞれ何に取組めばよいのか、そして各プロジェクトが協力しながらグローバルに取り組めることは何かを考えている。
2.2.2.2.コンテンツ提供のかたち
すでに何万ものオープン教材がつくられているが、それらが本当に使いやすいものであるのかどうかには疑問がある。ショーケースに入っているおもちゃや、モーターショーで展示されているコンセプトカーのように、見た目は素晴らしくインスパイアされるし、いろいろ刺激も受けるのだけれども、実際には遊べないし、運転できないかも知れない。
たくさんのコンテンツが公開されていても、普通のコミュティカレッジの先生達がその教材を本当に使えるのかというと、とても難しいだろう。「大学の先生はオープン教材を何故使わないのか?」という問いに対して、もっとも多い答えは「人のつくった教材というのは、自分の教え方やアプローチに適合しない」「時間がない」というものである。
各オープンコンテンツのプロジェクトは、それぞれの基準や判断の下で教材提供をしている。では使う人の立場で考えた場合はどうであろうか。「必要な人に」「必要な時に」「必要な中身を」提供してもらえることが理想だが、インターネットで公開されるコンテンツにとって、とりわけ「必要な形で」提供されることが、とても重要になってくる。
たとえば、夕食メニューとして「まぐろ」を期待しながらGoogle検索をしても、必ずしも食べられる形ではないまぐろの検索結果が、76万件も表示されてしまうことが起こってしまう。
ここでは、これまで日本であまり紹介されていない、次世代のオープンコンテンツのプロジェクトをご紹介する。
- 【OpenLearn】Open University、UK
英国の放送大学であり、インターネットによるコース公開も積極的に展開している。履修登録していない人に対してもコースを公開しており、抗議教材の利用者がいろいろと意見交換をできるようにしている。 - 【Connexions】Rice University
まず、多くの先生方に共同で教材を作ってもらうための環境を提供した上で、出来上がった教材を利用者側が自由にリミックスできるようにしている。そして利用者がリミックスしてつくった教材は、ボタン一つで印刷・製本が注文できるようになっている。それだけでなく、特定の教材やリミックスしたものを選びやすくする仕組みも工夫されている。 - 【Open Learning Initiative】Carnegie Mellon University
11の講義が提供されている。特徴的なのはインタラクティブなシミュレーション環境を使用している点である。学生が自習に使う際、本当に理解しているかどうか、壁にぶつかったときの認知的チュータリングシステムを組み込むなど、自立的に学ぶことを支援している。
MITのように既存の講義向けの教育リソースの公開ではなく、カーネギーメロン大学の場合、そのままでは高度すぎると考え、一般向けに分かりやすいものをつくっている。当初学内からの評判は芳しくなかったため、相手にされていなかったが、学外からのフィードバックを得て改良され、今では学内の人々もその出来の良さを見直し評価している。
また、ノーベル物理学賞の受賞者であるカール・ワイマン教授は、賞金を全て注ぎ込んで、仲間と物理学習のためのオープン教材をつくってしまった。個人でも努力次第で開発が可能となる例である。
コンテンツの制作と里謡においては、理論に基づき設計・開発し、評価、改良していくスパイラルなプロセスが重要になってくる。そして、このような開発のサイクルに「参加すること」が重要であるが、その際、「Wikipediaのように、誰もが好きなように手を加えていくのがいいのか」という問題についても考える必要がある。教材をつくるプロ達の知見を上手く活用することや、すでに教材を使った人々の知識や経験をどのように取り入れていくかが、とても大事な問題となってくる。
2.2.3.「オープンナレッジ」
オープンテクノロジーやオープンコンテンツがつくられる過程での知識や経験の共有がうまくいけば、教授者・学習者両者の「質的な改善」「利用方法の改善」そして、「個々及び全体の教育的知識の増大」という教育・学習の進展が可能になると考えられる。
しかし、学生・先生・テクノロジー・コンテンツ、そして教え方がパッケージ化されたような「教えと学びの知(ナレッジ)」というものは、時間や空間を超えて伝わる形で蓄積・共有されなければ、無数のシャボン玉のようにすぐにも消えてしまいかねない。このような教育的な知識や経験を、どう扱い、どう共有すればよいのだろうか。
カーネギー財団では、5、6年前から「KEEP Toolkit」というツールを開発し広く一般に提供するという取組みの中で、こうした知識や経験を知識表象としてまとめる試みを続けてきている。その中核となるのがいくつかのテンプレートである。「授業改善プロジェクト用テンプレート」「コース改善用テンプレート」「ビデオを利用した授業分析用テンプレート」によって、オープンコンテンツ開発者と利用者の双方が知識と経験を共有することが目指されている。MITを始めとして、他のプロジェクトでもこのような試みを始めるところが増えている。
このような試みから「知識共有のトリプルプレイ」が生まれる。
- 第1のプレイ:「教材をつくる人、または利用者が、利用の知識や経験をKEEP Toolkitを用いて共有し蓄積できれば、その他の利用者に役立ててもらえる。」
- 第2のプレイ:「人の教材を使った人たちがどうやって工夫して使ったのか、どう改良して自分の大学で使えるようになったのかということを記録してやれば、最初に教材をつくった人教材改善に役立てられる。」
- 第3のプレイ:「使っている利用者が学習に際しての知識や経験を記録していけば、他の学習者にも役立つし、使っている先生達、オリジナルの教材開発者にとっても役立つ情報となる。」
このようにして、教えと学びの開化・進化・深化のサイクルが上手く流れ始めるのではないだろうか。
2.3.オープンナレッジをめぐる課題
KEEP Toolkitを利用した教えや学びに関する知識や経験の蓄積はすでに10万点にも及んでいるが、今度はこうした「教えと学びの知」を「必要としている人」に届くようにするためには何が必要なのか?ということが問題となってきた。
そこで昨今活用されているWeb 2.0の利用なども試みている。言うなれば、利用者の参加を通して、インタラクティブに情報をつくり出したり、再利用したり、互いに役立つ情報を共有して、みんなで少しずつ賢くなろうというテクノロジーがWeb 2.0であり、これを利用したのが「 Teaching & Learning Commons」(http://commons.carnegiefoundation.org)というサイトである。
そこでは、10万点にも及ぶ情報を検索して、誰がどういう風に教材を使っているのか、どういう教育的な知識がどういう人に役立つのか等をみんなで共有していくようになっている。「知識の生成・共有・利用」というサイクルが循環して流れるようにしていくわけである。
たとえば、「コミュニティーの人気リスト」といったページもあり、どういう知識をまとめたページが多く見られているのかという情報も表示される。利用者の属性や目的に応じて、このような情報を細分化して提供していけば、特定の人たちに役立つ知識が見つけ出しやすくなるだろう。
その他、オープンナレッジをめぐる課題はさまざまである。特に強調しておきたいのは、「万人に役立つ知識」と「特定の人に役立つ知識」というところである。最大公約数的な、ベストセラーの本のようなものを目指すのか、あるいは、amazon.comのようにロングテール、つまり5人しか読者がいないような本でも、5人にとっては本当に読みたい本であることから品揃えすることを目指すのか、の検討が必要である。
2.4. 新たな学習の場と教育システム
今日、オープンエデュケーションに限らず、いろいろな「学習の場」が誕生している。セカンドライフ、YouTube、マイスペース、Wikipediaなど、いろいろである。
こうしたバーチャルなオンライン空間で色々なことをしていく過程で、「IQ:知能」「EQ:感情的知能」「CQ:創造的知能」といったものを身につけていくことができる、と期待されている。
さらに、もう少し大きな問題の構図を見ていくと、インターネット登場前の教育システムは、「家庭」「学校」「地域コミュニティ」が主だったものだった。これに、インターネット登場後は、「グローバルな教授・学習コミュニティ」が加わり、4本柱になると考えられている。
ところが、近年では「家庭」と「学校」の教育機能の低下といったことが指摘されており、それゆえに一層、「グローバルな教授・学習コミュニティー」への期待が高まっている。
さらに、他の業界において起こっている様々な転換が教育の世界にも及びつつある。学校のような教育システムが大量生産的・画一的知識の習得の場としてつくられたのに対し、学校の外でもっと自由に興味に応じて学んでいけるシステムの必要性が高まっている。
本当に必要なのは、テクノロジーを利用して、何かを学びたいという必要性に応えられるようなシステムをどう作っていくか、ということである。
2.5. 情熱を伴った取組みと参加を
公教育は限界にきているともいえる。すでに国や自治体でできないことはいっぱいある。このような部分に民間のビジネスチャンスがあると考えることもできる。
そのためには教育における文化的、制度的な改革が必要だろう。よりよいものをみんなで協調して目指していく中で、出てくる結果やテストの点も大事ではあるけれども、その過程で何が学べているのかというプロセスを重視することも大事である。
オープンエデュケーションは、教育を作り替えていく原動力になると考える。これまでの「Oの時代」は、オープンテクノロジーとオープンコンテンツについて様々な努力が盛んに行なわれ、沢山のものが蓄積されてきた。「Oの時代」において、仮に2010年を一つの区切りと考えた場合、残りの3年間についてはオープンナレッジが大事だと考えている。
もちろん今後10年と言わず20年くらいは、このムーブメントが継続していって欲しい。オープンエデュケーションを継続していく上で、最も必要なのは、「お金」でも、「時間」でもなく、「よりよく学びたい、よく教えたい」という人々の情熱だ。
「オープンテクノロジー」「オープンコンテンツ」「オープンナレッジ」の3つに対して、燃え上がるような情熱を持って皆さんにも是非参加していただきたい。
BEAT Seminar Report
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第3回:デジタル読解力を育てる情報教育
2011年12月17日 -
第2回:楽しさと学びを融合するシナリオデザイン
2011年9月3日 -
第1回:ソーシャルメディアによって変わる学びのかたち
2011年6月4日
2010年度開催
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第3回:書く力を育てる大学教育
2010年12月4日 -
第2回:外国語学習のソーシャルイノベーション
2010年9月4日 -
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
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