2.「大学における教員養成系プログラムの改革:知識構築共同体を目指して」
大島 純 (静岡大学)
2.1. メインポイント
ICT(Information Communication Technology)を用いた学習効果は、それを道具として活用しようとするデザイナーの視点を学習者が持ちつつ、自らの学習をリフレクションすることによって生じている。
2.2. 学習環境のデザイン研究と教員養成プログラム
我々のプロジェクトは、最初から高等教育のデザイン研究を中心に扱ってきたわけではない。最初に行ったのは、小学校カリキュラムのデザインプロジェクトである。教科科目は難しいので、総合的な学習の時間である。マルチフォーラムというCSCLツールを用いて、知識構築のための学びという原則に基づいて、「知識構築のための教室」を実現しようと、コースや教材の開発を長年行ってきた。
ここで蓄積された成果を、何らかのかたちで将来先生になろうとしている人たちの役に立てられないかと考え、成果を教材化して、「教職科目デザインプロジェクト」として、教職科目に取り入れた。「知識構築としての授業設計を通した学び」を目指し、「知識構築のための教室」の設計を通して、知識構築とは何かを学ばせようと考えた。ここでも子ども達と同じCSCLツールを用いた。自分たちが使ってみて良いツールだったら、子ども達にも使ってみるという流れを作ろうとしたからである。
ここで起こった面白い現象は、「教職科目デザインプロジェクト」を行う「デザイン研究ラボ」自体の成長が見られることである。毎年同じ事をしているだけでなく、人の入れ替わりと共に研究コミュニティのクオリティの向上が見られた。
2.3. 事例1:教職必修科目のデザイン研究
2.3.1. 教員養成系プログラムにおけるICT
教職課程において、ICTを学習支援環境としてだけでなく、それを使うことを通してICTを理解し、これから相手にする子ども達の学習のデザインに活用するという視点で用いる。そのためには、ICTに学びの哲学がないとならない。便利になるだけではなく、どのように用いればどのような効果があるか、ということをはっきりわかっていなくてはならない。自分たちが利用したいと思う道具かをまず判断し、良い道具なら子ども達にどう利用させたいかを考えてもらった。
2.3.2. 対象となった受講生集団の概略
対象となったのは国立大学人文学部の学生で、教員養成のための学部の学生ではない。つまりカリキュラムの都合上、講義は主に集中講義で行われる。そのためにゆっくり、教員とは何か、学習とは何かについて考える時間を確保されているとは言い難い。5日間の中で分散認知をはじめとする新しい知識感、社会構成主義的な学習観について理解し、授業設計に利用することを目指した。
2.3.3.CSCLを利用した協調学習
我々は学習科学を専門にしているので、受講生にCSCLとは何かをきちんと理解してもらおうと考えた。CSCLというテクノロジーは自分たちの協調学習を進めるのに役に立つ道具なのか、単に離れた学習者同士がコミュニケーションできるだけでなく、CSCLがあるとなぜ協調学習がうまくいくのかを理解してもらおうとした。
そのためにまず、受講生には「今までに自分が学んだ」と実感できた事例を思い出してもらった。それによって、その学びには学校で行われている教育だけでなく、友人とのディスカッションなどの中で生まれたものがあるということを実感してもらうことがねらいである。それを実感した上で、CSCLのようなテクノロジーを使ったらもっとうまくいったのではないかという話に持って行こうと考えた。
それをふまえた上で、次は教授者の立場になってみて、子ども達の協調学習にどのように取り入れるかを考えてもらった、自分たちで知識構築のための教室を設計し、それが国内で成果を上げている実践とどのように違うかを比較してもらった。
しかし、これらの試みはうまくいかなかった。
2.3.4. 問題点の洗い出し
一番の問題点は、受講生には協調学習の経験が皆無であると言うことである。正確には「良い協調学習」の経験がない。グループ学習で自分は働かされるばっかりであった、手伝わない奴が同じ成績なのは納得がいかない、などネガティブな経験ばかりしている。そのため、彼らの経験と新しい学習理論を結びつけることができなかった。
学習科学の知見では、協調学習の効果が現れるのは、お互いに対して「Reflective Role」を取れるような場面であったり、多様なアイデアを必要とするような場面であるが、彼らの学習の環境がそのようなものであったかという確証がないため、良い経験がないのではないのかと考えた。
2.3.5. 講義デザインの改善
そこで我々が取った方法は、講義の中で協調学習のメリットをまずは感じてもらうということである。有名な「Jasper」課題を用いて、共同で問題を解決しなくてはならない状況に受講生を置いて、「良い協調学習」を体験してもらった。その上で教授者的な視点からリフレクションをした。ここでねらったのは協調学習の意味の理解進化とそれをふまえたCSCLの有効性の理解の進化である。
「Jasper」課題は小学校高学年向けのものであるが、大学生にやってもらうと面白いくらいにのめり込んでくれる。問題解決のためのアイデアが多方面から発生した。
2.3.6. 講義デザインの修正による学習の効果
「Jasper」課題を行ったあとで、協調学習の何が良かったか、悪かったかを議論し、良かったことについてCSCLをどのように用いたらもっと良くなるかを議論させた。それによって明確な学習効果の向上が見られた。初年度の最終レポートは、個人、もしくはグループどちらで書いても良いことになっていたが、3分の2くらいは一人で書いていた。個人とグループで点数を比較すると、グループの方が多少有意に高い得点であった。改善後の2年目のレポートはグループを条件にしたところ、大きく点数が向上した。CSCLのメリットだけを学ばせるのではなく、その背後にある哲学を理解した効果であると考える。
2.4. 事例2:デザイン研究ゼミに参画する学生の成長
2.4.1. どのようなタイプの知識が発達するか
事例1に見られたのは短期的な学習で、内容の理解はできても認識論的な変化に大きな期待はできなかった。では、2年から4年間のデザイン研究ゼミに参画する教員養成系の学生ではどう変化するかを見た。デザイン研究という文化的実践活動に正統的に周辺参加をして、共同体の中で実践活動している学生に、どのようなタイプの知識が発達するかを観察した。
2.4.2.コミュニティの概略
私の研究室には2人の学習科学研究者、教育学研究科修士の1年生と2年生、教育学部の3年生と4年生がいる。主なデザイン研究実践活動は、小学校のカリキュラム開発、教職専門講義のデザインであり、片方または両方に学生は関わっている。また経験値が異なる学生で構成されるサブプロジェクトを運用している。
そこでわかったことは、学ぶこと、教えることを学ぶ人にとって、それを研究することが非常にオーセンティックな課題であったことである。また、実践的にプロジェクトに関わって行くに当たって、自発的に皆が役割をどのように負っていくかを考えてもらうようなプロジェクトの運用をした。
2.4.3. 記述的なアプローチ「何が変わったのか?」
参画した学生に見られる変化を、実践前のデザイン会議、実践中の形成的評価会議、実践後の総括的評価会議のビデオ記録、非公式的な観察ノート、個人インタビューから分析した。プロジェクトへの参加の態度を信頼性である「Authenticity」と役割分担である「Division of Labor」に、知識を学習科学の知識である「Knowledge in the Learning Science」と共同体運営の知識である「Knowledge in the Management」にわけてマトリクスにして評価した。
2.4.3.1.新参者の成長
| Authenticity | Division of Labor | |
| Knowledge in the Learning Science | 自己学習 | 足場がけされた理解 |
| Knowledge in the Management | 目的の理解 | 認識は無い |
新参者はTAとしてプログラムに関わってもらうが、実際にはTAどころではなく自己学習がメインで、何でそんなことをやっているのかという目的自体がわからないので、理解自体がタスクとなっている。何かをするにも経験者や古参者が足場がけをしている状況である。共同体の運営に関しては認識がない。
2.4.3.2. 経験者の成長
| Authenticity | Division of Labor | |
| Knowledge in the Learning Science | 問題発見 | より独立した理解 |
| Knowledge in the Management | 必要性の認識 | 不十分な課題分割 |
1年関わって経験者になると、問題の発見ができるようになるが、こうしたら良いという提案はできない。役割に関して、より独立した理解ができるようになる。共同体運営に関しては、必要性は認識できるが、課題の分割が不十分である。
2.4.3.3. 古参者の成長:長期的ICTのデザイン実践からの学習
| Authenticity | Division of Labor | |
| Knowledge in the Learning Science | 解決提案 | 支援することでの理解深化 |
| Knowledge in the Management | 運営に貢献 | 適切な課題分割 |
3年目、4年目の理解は、長期的ICTのデザイン実践からの学習の成果であると言える。教師が必要とする学習科学的な知識の獲得と、それを継続的に向上させ続けるためには、長期的な学習、授業の設計・実践・評価のサイクルに複数年参画し、異なる経験値を持つものの協調作業に関わらなければならない。
2.5. 総括
ICTは「目標」ではなく「道具」である。まずは真に学習を支援する開発の哲学を持ち、それがユーザーに理解されなければならない。また、教員養成系のプログラムでいえば、教師がICTを自分の学びの道具として認識して、それを子どもの学びを支援するために授業設計に組み込み、実践・評価・改善のサイクルを繰り返すことによって、彼らの専門性を高めていくべきである。
BEAT Seminar Report
2010年度開催
-
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
2009年6月6日
2008年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
2009年3月28日 - 第3回:アートワークショップで子どもの可能性をひらく
2008年12月6日 - 第2回:プロジェクト学習が大学を変える
2008年9月6日 - 第1回:あなたに「ぴったり」な学びをかなえる技術
ー教育における協調フィルタリングの可能性を考えるー
2008年6月7日
2007年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
未来の教育のために学校と家庭ができること
ーフィンランドと日本の対話ー
2008年3月29日 - 第3回:子どもの放課後学習環境
2007年12月1日 - 第2回:BEAT 特別セミナー
オープンエデュケーションが切り開く未来
—Education 2.0:OCWの次にくるもの—
2007年8月25日 - 第1回:知育玩具
ー創造的制作活動をアフォードする人工物
2007年6月2日
2006年度開催
- 第9回:BEAT 特別セミナー
モバイル・ユビキタス技術と学習環境
:BEAT3年間の研究を総括する
2007年3月27日 - 第8回:子どもとネットコミュニティ
2007年1月13日 - 第7回:健康とICT
〜Web2.0で健康に?!〜
2006年12月9日 - 第6回:BEAT 特別セミナー
学習科学とICTは学びのあり方を変えるか
ー高等教育の変革を事例としてー
2006年11月11日 - 第5回:イマドキ・キッズの遊び場、学び場
どのようなチルドレンズミュージアムを創るか?
2006年10月7日 - 第4回:学校の枠を超えた交流学習:
伝え合うことで"異文化"を学ぶ子どもたち
2006年9月2日 - 第3回:ゲーム・ルネッサンス:
いつか来た道、これからの道
2006年8月5日 - 第2回:Web2.0で創る
『みんながちょっとずつ頭がよくなる世界
2006年6月24日 - 第1回:『かわいい子にはケータイを持たせよ?!』
キャリア各社の子ども向けケータイサービスへの取り組み
2006年5月20日
2005年度開催
- 第12回:BEAT 特別セミナー
2005年度 研究成果報告会
2006年3月25日 - 第11回:新しい評価技術とデジタル教材での活用
2006年2月11日 - 第10回:使える英語を身につけたい!:
語学学習を支援するデジタル教材のこれから
2006年1月7日開催 - 第9回:Aクラス人材を育成せよ:
企業eラーニングの現在
2005年12月3日開催 - 第8回:CAI/WBT
2005年11月12日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
ヨーロッパ・モバイル放送の現状と教育利用の展望
2005年10月 1日開催 - 第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来
2005年 9月 3日開催 - 第5回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
シミュレーション
2005年 8月 6日開催 - 第4回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習
2005年 7月 9日開催 - 第3回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
インタラクティブ学習環境「Logo」
2005年 6月 11日開催 - 第2回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
「人と森林」「マルチメディア人体」
2005年 5月 7日開催 - 第1回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
ミミ号の航海と合衆国マルチメディア教材の系譜
2005年 4月 2日開催
2004年度開催
- 第8回:BEAT 特別セミナー
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた 新しい学習テクノロジー
世界最先端の現場から
2005年 3月 5日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
プロジェクト成果報告会
2005年 2月 5日開催 - 第6回:DoCoMoモバイル社会研究所 共同企画
ケータイ・ネット・テレビ
〜メディアとこどもの今とこれから〜
2005年 1月 8日開催 - 第5回:モバイルする!? 科学教育
2004年12月11日開催 - 第4回:モバイルコンテンツとインストラクショナルデザイン
2004年11月 7日開催 - 第3回:ヨーロッパ・m-learningの現在
2004年10月 9日開催 - 第2回:"ケータイ"と教育の未来
2004年 9月 4日開催 - 第1回:地上デジタル放送の教育展開
2004年 7月 3日開催

