今年度のbeat seminarでは、歴史的に著名なマルチメディアのレビューを行っていく予定です。第3回である今回は、ラーニングデザイン・ラボの五藤博義氏と、BEATコーディネータの中野真依氏により、子どものためのプログラミング言語「Logo」のレビューが行われました。
発表資料はこちら(050611-logo.pdf、56KB)
1.「Logo」とは
「Logo」は1968年にマサチューセッツ工科大学のS.Papert博士によって考案されたプログラミング言語である。当初はLISPをベースにして開発された。主に8歳から12歳の子どもを対象としている。「Logo」の特徴は「どのように学ぶかを理解することを支援する学習」ということである。数学的概念を直感的に学べる環境の提供と、知的活動支援・定着する工夫がなされている。
「Logo」によるプログラミングは以下のような特徴を持っている。
- タートルグラフィックス
- インタプリタ(デバッグ)
- 手続き型言語(命令)
- 再帰(リカージョン)
- リスト処理
2. タートルグラフィックス
会場では中野氏によって日本語Logo環境である「ロゴ坊」を使って「タートルグラフィックス」のデモが行われた。子どもたちは「タートルグラフィックス」を使い、タートル(亀のアイコン)に対し動き方を命令することにより、その動きの軌跡が描かれ、グラフィックを描くことができた。80年代初頭、グラフィックを扱えるコンピュータが珍しく、またグラフィックを描けたとしても色を塗るピクセルを座標で一個一個指定しなくてはならなかった時代に、「タートルグラフィックス」のように「右へ何ピクセル動け」といった命令によりベクトル的にグラフィックを描けることは画期的であった。
3. プロセス
- 「タートルに教える」…動機づけ
- 「タートルになったつもりで考える」…視点の移動
- 「タートルに新しい言葉を教える」…モデル化
- 「タートルに図形を描かせる」…外化
- 「思い通りの図形を描けない」…ふりかえり→デバッグ
「Logo」では自分で打った命令が即座にグラフィックとして反映され、もし意図していたものと違ったものが描かれたとき、それをどう直せばいいのかを考える。そして、新たな命令を試してみたり過去に成功した命令を引用したりするなどを繰り返すことによって、問題を解決していくと同時に問題の解決方法、すなわち新たな発見や学びの方法を理解しながら子どもたちは主体的に幾何学について学ぶことができる。
4. Papertの思想
Papertは、「人が外国に行ったときに、滞在している時間が長くなるにつれてそこの言語が身についてくる」といった現象と同様のことを数学において起こそうとした。このことは「Mathlandの建国」という言葉に象徴される。「Logo」はその思想を反映したものであり、「Mathland」を実現しようとした一例である。また共同研究者でもあった発達心理学者のピアジェの構成主義(人が、自分がすでに持っている知識構造<シェマ>を通して外界と相互作用しながら、新しい知識を得、新しい知識構造を構成すること)の影響を受けている。
5. 評価
ケント州立大学のClementsは「Logo」とCAI学習を比較して認知発達の面でどこが促進されたかを評価するため、創造的思考(何か作り出すときに色々な可能性を考えることができるのか)、メタ認知(自分が考えている内容を理解できているか)、熟慮性(じっくり考えた結果、正しいことを導き出せるか)、操作的能力(抽象的な観念が理解できているか)、空間認知能力(図形の仕組みを理解する能力)について定量的に評価し、優位な差が認められた。しかしバンクストリート大学のPeaは「Logo」で養われたプログラミング能力が、日常の課題にどれだけ転移するのかを評価したが、転移は認められなかった。Peaの調査では、子どもはそもそも「Logo」を扱うときに過去の行動を振り返ったりせず、全部書き直したり、またはその後の処理で軌道修正を図ろうとするなど、プログラミングを計画的に進めることはなかった。すなわち「Logo」上で行動のモデル化を行わないので、転移させるモデルも存在していないということだ。これに対しPapertは、これらの評価はこれまでの教室でのパフォーマンスを測るためのものであって、「Logo」が築くであろう環境を正当に評価できるものではないと反論した。実験に参加した教員は「Logo」それだけでは能力を十分に発揮することはできず、教師たちが子どもたちにどのような考え方を伝えたいのかを明確にする必要があると述べた。
6. その後の展開
「Logo」はその後、大きく分けてマルチメディアオーサリング、ロボティクス、プログラミング言語の3つの流れの上で進化した。マルチメディアオーサリングツールの例としては日本では「findout」(ベネッセコーポレーション:当時 福武書店)、「MicroWorlds EX」(LCSI/エフ・シー・マネジメント)、などがあり、アウトラインプロセッシング機能とワープロ機能、データベース機能、強化された「タートルグラフィックス」が盛り込まれ、主体的な学習のサポートを目指した。ロボティクスの例では「LEGO MindStorms」があり、GUIを用いてプログラミングをし、タートルを動かすようにロボットを制御することができる。プログラミング言語の例では「3D-Logo」、「StarLogo」、「ドリトル」がある。「3D-Logo」は2次元の「タートルグラフィックス」を3次元に拡張したものである。描かれたオブジェクトすべてをタートルとして扱うことができ、様々な視点から見ることができる。また「StarLogo」では数千のタートルを扱うことができ、生態系や複雑系のシミュレーションを行うことができる。「ドリトル」もタートルを複数扱うことができ、オブジェクト指向のプログラミングが可能になった。
7. まとめ
教育学的な面ではピアジェの構成主義を基にした学習を実現しようとし、学び方の学び、すなわち概念形成の重要性を訴えたことに「Logo」の意義があったといえる。また、コンピュータを使った学習においては、「Logo」以前にはCAI利用が中心であったが、子どもたちが主体的に学習をするためにコンピュータを活用する方法を実現しようとしたことに意義があったと考えられる。ビジネス的な面において問題だったのは、学校の限られた予算では定期的なソフトウエアの更新が難しく、開発側は次のバージョンの開発費を得ることが難しいという事情であり、普及が難しかったことが理由のひとつとして挙げられた。
前半終了後、「ロゴ坊」の開発者である一橋大学助教授の兼宗 進氏、教育工学が専門でBEATアソシエイツでもある神戸大学助手の望月 俊男氏、現場の先生である東京学芸大学附属高校大泉校舎教諭の後藤 貴裕氏をパネラーに迎えラウンドテーブルが組まれ、ディスカッションや会場からの質問についての応答が行われました。
ラウンドテーブルの内容
「Logo」の優位性について
現在は、各ソフトウェアメーカーからマルチメディアを扱えるツールがたくさん発売されているが、「Logo」を今後使うメリットは何か、という質問が会場から寄せられた。
兼宗氏は開発者の立場として、「ソフトウエアはほとんど輸入に頼っている現状において、優れた国産のソフトウエアの開発が必要であると考えられ、そのための優秀なプログラマーを産出するには、学生時代にプログラミングというものに触れておくことは重要である。もう一つは日本では理科の教育が遅れていると言われているが、理科のおもしろさを感じるにはある程度数式と触れることが必要であると考えられる。そのような数式を理解したときの喜びというものを体感するための適度なハードルを『Logo』は提供してくれると考えられる」と述べた。
五藤氏は、「『Logo』は表現のツールとしては優れていないかもしれないが、プログラムを書くこととデバッグを繰り返すプロセスは、ピュアな『考え方』のプロセスとも言え、そのプロセスを概観することはメタ認知的な気づきを実現し、問題解決の演習をすることができると考えられる」との意見を述べた。
一方、BEATフェローの山内氏からは、子どもたちが「Logo」に触れる動機をどのようにしたら持つことができるか、という疑問が投げかけられた。
兼宗氏は、「『ドリトル』を使った実践を紹介し、テレビゲームやグラフィックソフトが作られている仕組みのイメージと、『ドリトル』のプログラミングのイメージが重なったとき、つまり、プログラミングの有用性が理解できたときに子どもたちのプログラミングへの興味が高まること」を指摘した。これを受けて五藤氏は、「子どもは本来ものを作ることが好きで、プログラミングの中にものを作っているという実感を埋め込むことが重要である」と述べた。
「学び方の学び」の実感について
続いて、「学び方を学ぶ」という実感を子ども側は身に付けにくいし、また教師側は評価をしにくいという現実は理解できたが、それらはどのようにしたら実現できるか、という質問が寄せられた。
望月氏は、「繰り返しや再帰などのプログラミング的な概念を『Logo』でおぼえたとして、それが生かされる環境を作ることがポイントである」と述べた。望月氏は効果を実感できる例として、NECの「アルゴアリーナ」を紹介した。「アルゴアリーナ」では子どもたちが相撲の力士を、繰り返しや再帰などを用いながらプログラミングをし、それを友達が作ったものと対戦させることができ、戦いぶりを見ることによってプログラミングの効果が実感できる。このようにツールだけではなく、それを使った効果を実感できるような総体的な状況や環境を作ることが重要であると述べた。
「開発者の思想」と「現場教師の思想」について
最後に寄せられたのは「『よりよい教えよりも子どもたちが自発的に知識構築をするためのよりよい環境を作ることが大切である』というPapertの思想からすると、『Logo』は『教えることが教師の仕事』と思っている多くの教師からは受け入れられないと考えられる。また成功した『Logo』を用いた教育の例には、マルチメディア教材に理解のある教師の存在が不可欠だと思われる。そのような中、『Logo』の開発には現場の教師がどれだけ関わったのか。また教師に受け入れてもらえるような工夫があったのか」という疑問であった。
中野氏は、「『Logo』の開発の初期の段階では現場の教師が関わっていたという事実は確認ができていない」と述べた。
後藤氏は、「現場の教師として、既存教科の学習体系にとらわれない教材では開発者側の視点と利用者側の観点が一致しないケースに遭遇することがある。そのような開発者の思想が強く反映された教材は、その思想を理解した上で指示された通りに活用しないと教育効果が期待できないと考えてしまうと、熱心な教師ほど受け入れがたいと感じてしまう。現場の教師には、カリキュラムで定められた指導内容の中でも、クラスの児童・生徒の資質や反応に応じて教材の組み方や授業展開を工夫する力が求められている。同様に教材にも、児童・生徒に応じて柔軟に対応できる資質が求められるべきで、児童・生徒の自発的な知識構築するためのよりよい環境を教師が提供しやすくするためにも自由度の高いマルチメディア教材が必要である」と回答した。
最後に山内氏は、Papertの失敗について、彼の考える学習環境の中に「他者」がいなかったことに言及した。「彼の思想は『学習者とLogo』という一対一の関係が前提であり、他の教え方をする教師や、学習効果を確かめ合う学習者がいなかった。しかし、社会という前提をもとに『Logo』とそれを取り巻く環境を設計すればまだまだ可能性のある教材である」と述べた。
今回のセミナーでは、構成主義に基づいて設計された「Logo」は、たしかにPapertの考えた通りに子どもたちが使えば、「学び方を学ぶ」ことができたのかもしれないことを示していました。しかし、実際には子どもたちには何かを学んだという実感が希薄であったり、強力な思想が教育現場への普及の足かせになっていました。子どもたちが学習効果を実感するためには、それを確かめ合う仲間が必要であり、また教師に受け入れてもらうには、教師と「Logo」がうまくコラボレートできる仕掛けが必要であることも、ディスカッションを通じて明らかになりました。マルチメディア教材の開発には、開発者自らの思想を反映することに固執するだけではなく、子ども同士のコミュニケーションや教材とツールのコラボレーションなど、教材を取り巻く環境を意識することが成功への大きな要因であろうと感じました。
次回の開催は7月9日(土)が予定されています。皆様の参加をお待ちしております。
デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
第3回:インタラクティブ学習環境「Logo」午後2時〜午後5時
情報学環暫定ANNEX 2F教室
「Logo」がそれ以降のマルチメディア教材に与えた影響は非常に広く、大きいものです。子ども自身が学習内容に自ら取り組むことで、学習を高度に実現する、という考え方の有用性を証明しました。現在も多くの教育者に支持され、実践され続けています。
今回は、「Logo」のレビューを通して、子どもの主体的・能動的学習のあり方・可能性についてみなさまとともに考えたいと思います。
- 前半
レビュー
(報告 五藤博義 ラーニングデザイン・ラボ
中野真依 BEATコーディネータ/(株)ベネッセコーポレーション) - 後半
ラウンドテーブル - 18:00〜
懇談会(希望者)
BEAT Seminar Report
2010年度開催
-
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
2009年6月6日
2008年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
2009年3月28日 - 第3回:アートワークショップで子どもの可能性をひらく
2008年12月6日 - 第2回:プロジェクト学習が大学を変える
2008年9月6日 - 第1回:あなたに「ぴったり」な学びをかなえる技術
ー教育における協調フィルタリングの可能性を考えるー
2008年6月7日
2007年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
未来の教育のために学校と家庭ができること
ーフィンランドと日本の対話ー
2008年3月29日 - 第3回:子どもの放課後学習環境
2007年12月1日 - 第2回:BEAT 特別セミナー
オープンエデュケーションが切り開く未来
—Education 2.0:OCWの次にくるもの—
2007年8月25日 - 第1回:知育玩具
ー創造的制作活動をアフォードする人工物
2007年6月2日
2006年度開催
- 第9回:BEAT 特別セミナー
モバイル・ユビキタス技術と学習環境
:BEAT3年間の研究を総括する
2007年3月27日 - 第8回:子どもとネットコミュニティ
2007年1月13日 - 第7回:健康とICT
〜Web2.0で健康に?!〜
2006年12月9日 - 第6回:BEAT 特別セミナー
学習科学とICTは学びのあり方を変えるか
ー高等教育の変革を事例としてー
2006年11月11日 - 第5回:イマドキ・キッズの遊び場、学び場
どのようなチルドレンズミュージアムを創るか?
2006年10月7日 - 第4回:学校の枠を超えた交流学習:
伝え合うことで"異文化"を学ぶ子どもたち
2006年9月2日 - 第3回:ゲーム・ルネッサンス:
いつか来た道、これからの道
2006年8月5日 - 第2回:Web2.0で創る
『みんながちょっとずつ頭がよくなる世界
2006年6月24日 - 第1回:『かわいい子にはケータイを持たせよ?!』
キャリア各社の子ども向けケータイサービスへの取り組み
2006年5月20日
2005年度開催
- 第12回:BEAT 特別セミナー
2005年度 研究成果報告会
2006年3月25日 - 第11回:新しい評価技術とデジタル教材での活用
2006年2月11日 - 第10回:使える英語を身につけたい!:
語学学習を支援するデジタル教材のこれから
2006年1月7日開催 - 第9回:Aクラス人材を育成せよ:
企業eラーニングの現在
2005年12月3日開催 - 第8回:CAI/WBT
2005年11月12日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
ヨーロッパ・モバイル放送の現状と教育利用の展望
2005年10月 1日開催 - 第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来
2005年 9月 3日開催 - 第5回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
シミュレーション
2005年 8月 6日開催 - 第4回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習
2005年 7月 9日開催 - 第3回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
インタラクティブ学習環境「Logo」
2005年 6月 11日開催 - 第2回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
「人と森林」「マルチメディア人体」
2005年 5月 7日開催 - 第1回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
ミミ号の航海と合衆国マルチメディア教材の系譜
2005年 4月 2日開催
2004年度開催
- 第8回:BEAT 特別セミナー
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた 新しい学習テクノロジー
世界最先端の現場から
2005年 3月 5日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
プロジェクト成果報告会
2005年 2月 5日開催 - 第6回:DoCoMoモバイル社会研究所 共同企画
ケータイ・ネット・テレビ
〜メディアとこどもの今とこれから〜
2005年 1月 8日開催 - 第5回:モバイルする!? 科学教育
2004年12月11日開催 - 第4回:モバイルコンテンツとインストラクショナルデザイン
2004年11月 7日開催 - 第3回:ヨーロッパ・m-learningの現在
2004年10月 9日開催 - 第2回:"ケータイ"と教育の未来
2004年 9月 4日開催 - 第1回:地上デジタル放送の教育展開
2004年 7月 3日開催

